2 創る名無しに見る名無し 2011/10/17(月) 01:39:51.08 ID:NcIkVugL 鉄と血の薫る平原を見下ろし、鬼の群れが獲物を品定めしている。 「ん?」 「だから“扉”が閉じちまった――って、聞いてんのかよ隊長ォ?」 若造が声を荒げ、隊長と呼ばれた男が思索から戻る。 「……ああ。いいじゃねぇか、そんな小せえことは」 「いやいやいや、アレが消えちまったらもう帰れないんスよ、俺ら?」 段平を後方に振り回し、ある意味で最もまともな注進に及ぶ若造だが、それは彼らの規範か ら最も外れているのが残念でもある。 「お前はまさか帰りたいのか? この状況を前にして?」 「……いや、まあ、こいつは恐ろしく魅力的な有様ですけどね、隊長」 滾る血潮に刺激された本能が若造を駆るが、“それどころではない事情”がそれを押し止め、 抑えつける。 「そういやコイツ、嫁を貰ったばかりでしたね。先月だっけ?」 ああ、それこそが理由であるのに決して辿り着きたくなかった結論を、このクソ馬鹿が速効 で曝け出しやがった。 「今週だよ! つうか手前ら、あんだけ飲み食いしまくっておいて、もォうろ覚えかよッ!」 周りの全員が上官であるという不利を無視して、若造は猛る。この位置へ辿り着いた実力と 暴虐を甘く見るんじゃねえ。 「悪い悪い。何しろあン時の酒がまだ抜けてないからな。去年だって言われても否定出来んわ」 「ああ確かに、ウチの一年分の酒が一晩で消えたよな。って、ンなことはどうでもいいんだよ! 問題はこの新婚ホヤホヤのこの俺が“もう二度と嫁とヤれねえ”ってことだろうが! 畜生、 ブッ殺すぞこの野郎ォ!」 だがしかし。彼の純情は空しく空廻る。歴戦を肴に若造に倍する年月を重ねて来た古兵ども に、遺憾ながら彼の若さは通用しない。故郷への帰還が露と消えた今日を、即座に引き受けた 無骨な鬼どもには。 「漲ってんなあ、おい?」 「まぁ、この不幸な若人には残念賞をくれてやるとして、どうしますよ俺たちは?」 それぞれに大業物、戦斧、馬上槍、弩を担いだ荒くれが、イイ笑顔で隊長に期待を向ける。 「見りゃあ判んだろ? この下でやってる祭りに参加するんだよ。他に何がある?」 「ははっ! この、どことも知れない世界に孤立して、真っ先に向かうのが戦場ですか。はっ、 いやはや、なるほど隊長、実に貴方らしい」 意外なことなど何一つないように、たかが五人と一人の部隊が機能を開始する。 「だろう? 血湧き肉躍るってヤツだ」 「……殺ってやるよ。ああ殺ってやる! こうなったらどいつもこいつも鏖だよ! 俺以上の 不幸をこの世界にぶちまけてやらねえと気が済まねえ!」 臓物を口に銜えているのが最高に似合いそうな表情で、若造が再起動する。 「俺の部下にこんな愉快な奴がいたとは、な。あとで祝杯を挙げよう」 隊長の顔に浮かぶ愉悦は、心臓の悪い者が見てしまったら即死でも仕方がないかも知れない。 「で、どちらに加勢するんで?」 「決まってんだろ? 負けてる方だ。奮戦空しく壊滅寸前の馬鹿野郎どもに入れ込むんだよ」 隊長のドヤ顔と、配下の待ってましたが交錯する。 「ああ、それは素晴らしい。そこに信条だの美学だの一切絡まないところが、また最高ですな」 「――装備を確認しろ。そこの大地を血に染め挙げてやるに足る戦力を確認しろ」 鉄塊に棒を刺しただけのように見える凶器を軽く担ぎ、隊長が部隊を確認する。その威力を。 「了解」 それぞれに小人謹製の武器をギラつかせ、眼下の蹂躙を愉しげに眺めている。される側の方 に付くビハインドを負う悲壮など、欠片もなく。 「オラ行くぞ、三等兵。敵を百人殺せば一階級特進だぞ」 己の身体より重い大剣を音もなく戦友に突きつけ、若造が吠える。 「そりゃ特進でも何でもねぇだろ! つうか活躍の代償をくれる王にはどうしたってもう二度 と会えないじゃねえか!」 しかしまあ、当然の結果として、戒めと激励代わりの拳が若造に叩き込まれ、兵隊は地獄の 戦場に嬉々として向かう。良き敵に見えることを最上とし、殺し合いの末にある死こそが至上 と唱える、最悪の馬鹿どもが。 「さあ殺そうぜ。俺らの敵に廻った奴儕には、悪いが全部死んで貰おうか」 数多の世界であらゆる言葉で、ただ“鬼”と呼ばれた兵の、馬鹿げた狂宴がここに開催する。
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